車いすテニス選手の国枝慎吾が残した名言がかっこいい!?厳選した名言7選!

スポンサーリンク
人物

多数の華々しい成績を誇る、プロ車いすテニス選手の国枝慎吾選手ですが、実に多くの名言を残しています。

 

ここでは、その中から厳選した7つの名言を紹介したいと思います!

その他にも、世界ランキングや歩行できるようになった秘訣についてもかいせつしていきます。

スポンサーリンク

国枝慎吾が残したかっこいい名言7選!

では、ここから国枝慎吾選手が残した名言についてご紹介します!

「与えられた命なんだ。どんなこともあきらめずに生きていこう。」

せっかくこの世に生まれることができたんだから、自分の限界を信じてがんばろうという気持ちにさせてくれる、勇気づけられる言葉です。

「メンタルの安定性とか、技術が一つ優れているとか、そういった小さいことのつみ重ねで勝ってきたと思っているんです。」

決して自分の実力を過信することなく、勝利は小さいことの積み重ねなんだというのは、確かにそうかもしれませんね。

「これに尽きます。常にチャレンジを意識し決断、行動してきたし、これからもしていく」

やはり強い人は、常に前に向かって進んでいこうというチャレンジ精神が常にあるということですね。

そう感じられる名言の1つです。

「車いすテニスって面白いと感じてもらいたい。だから勝つだけでなく、魅せながらかつテニスをしていきたい」

車いすというハンデを魅力に変えていくという発想はとても素敵です。

車いすだからできない、ということはないんだと伝わってきます。

「毎日の練習は自分を支えてくれる糧ですね。あれだけ頑張って練習してきたじゃないか!絶対に勝つ!と、自分を信じることが武器になります。」

毎日頑張って練習してきて積み上げてきたものが自信にもつながる。

勝つためには、自分を信じることが一番大切だと気付かせてくれます。

「「緊張しないように」と考えるより、「緊張を味方につけよう」と考える方が、実力を発揮しやすくなる。」

緊張を味方にという表現は、なんだかいいですね。

大事な場面で緊張しないように考えると、身体や頭が固まったり働かなくなるものです。

 

なので、よく「楽しんでいこう!」という考えがありますが、それと同じようなものですね。

「両親に不幸を嘆いたことはない。そのまま一生、車いす生活になるという意識がなかったのかも。」

足が悪くなったことを嘆くことなく、「そのうち歩けるんじゃない?」って思っていたのであればなんだか、かっこいいです。

「テニス一本で生活するのは厳しい道と覚悟している」

テニスでかなり成功を治めている国枝選手でさえこんなことを考えるなんて驚きです。

 

ですが、柔軟に考えてこそ成功するパターンもあるので見習っていきたいですよね。

国枝慎吾の現役時代・最終的な世界ランキングは何位?

国枝慎吾選手の世界ランキングは公式サイトでは

  • シングルス  1位(2020年3月現在)
  • ダブルス  5位(2020年3月現在)

となっています。

 

また国枝選手は、これまでにも多くの素晴らしい成績を残しています。

 

  • 2004年 アテネパラリンピック ダブルス金メダル
  • 2006年 USオープン アジア人初の世界ランキング1位
  •     ロンドンパラリンピック シングルス金メダル
  • 2007年 グランドスラム制覇(車いす史上初、アジア初世界チャンピオン)
  • 2008年 北京パラリンピック シングルス金メダル
  • 2010年 すべてのグランドスラム・シングルス優勝
  •     男子車いすテニス初の4年連続世界チャンピオン達成
  • 2012年 ロンドンパラリンピック シングルス金メダル

さらにこれらに加え、グランドスラム・シングルスの優勝回数として

 

  • 全豪オープン9回
  • ジャパンオープン3回
  • ブリティッシュオープン2回
  • USウィールチェア2回
  • 全仏オープン5回
  • USオープン5回

といった記録があります。

 

座右の銘が「俺は最強だ!」というだけあり、車いすテニス界では圧倒的な強さです。

 

そんな国枝選手でも、2011年右ひじを痛め手術し、戦線離脱を余儀なくされたという経験があります。

 

しかし、その後2012年ジャパンオープンで復帰し、その年行われたロンドンパラリンピックではシングルスで金メダルを獲得しています。

 

ただ2015年秋ごろから再び右ひじに違和感があり、なんとかごまかしながらテニスを続けていました。

 

しかし、2016年1月に初めて全豪の4大大会で初戦負けを経験。

そこで右ひじの、内視鏡による不純物の除去をする手術を受ける決心をします。

 

その結果、その年に開催されたリオデジャネイロパラリンピックでは、見事ダブルス銅メダルを獲得しました!

 

国枝選手はテニス選手として一流なのはもちろんですが、メンタル面でも無敵の強さを感じます。

 

国枝慎吾はなぜ歩行できるようになったのか?歩行できるようになった秘訣とは

国枝選手は、2020年1月過酷なリハビリに耐え、自分の足で歩けたということが新聞やニュースでも取り上げられました。

 

足が不自由になったのは9歳で、この時はすでに26歳

 

17年も自分の足で歩くことができなかったのに、7メートルの距離を14歩の歩行とはいえ、これは本当に奇跡としかいえません!

 

その場で国枝選手の歩行を見た400人もの人たちは大きな拍手をし、中には涙を流す人もいたようです。

 

歩けるようになった秘訣はなんといっても、

「やると決めたら絶対成し遂げる」

という強い気持ちを持ち続けたことではないでしょうか。

 

名言でもあるように、

「与えられた命なんだ。どんなこともあきらめずに生きていこう。」

まさに、このことですね。

 

国枝選手は25歳のとき、自分の足で歩くということを決断しました。

とはいえ、リハビリには想像を絶するような痛みやつらさがあるといいます。

 

しかし、そこには車いすテニス選手で培ったメンタルの強さや、いくつもの逆境を乗りこえてきた経験が生かされたのではないでしょうか。

 

そんな厳しいリハビリからわずか3ヵ月で、車いすから立つことができ、半年後には1分以上自分の足で立つことができたんです!

 

普通の人では、到底耐えられないと思われる痛みや苦しみがあったはずですが、国枝選手は成し遂げました。

 

  • 「どんなことでもあきらめない」
  • 「常にチャレンジを意識、決断、行動」
  • 「自分を信じることが武器」

言霊といい、言葉の持つ力は現実の生活にも大きく影響を及ぼすといいます。

 

なので、こういった名言と本人の強い気持ちが、自分の足で立つという奇跡を起こしたのかもしれませんね。

 

まとめ

国枝慎吾選手は、テニス選手としてだけでなく障害者スポーツのすばらしさを広める役割としても期待されています。

 

そんな国枝選手は、2020東京五輪の招致の際アンバサダーを務め、自身も東京パラリンピックへの出場、金メダルの獲得に意欲的です。

 

これからもまだまだ走り続けるという国枝選手の活躍に期待したいですね。

タイトルとURLをコピーしました